|
-まず、2009年はどのような年だったでしょうか。
どんな年だったかなあ。いつも僕は目先のこと、目の前にある仕事のことを一生懸命やることが大事だと思っていたので、長期的な見通しとか、どんな一年だったかというのはあまりよく思い出せないんです。ただ、2009年は年頭に「ものの中心をとらえる」ということを目標にしました。
「ものの中心をとらえる」、と言葉でいうと漠然としているんですが、例えば丸善でもお店の方がお客様からのいろいろなリクエストや、お客様が口には出さないにしてもこういうことを思っているだろう、ということを捉ようと努力していると思います。お客様からの声ももちろん大事ですが、お客様が心に思っている中心はどこにあるのかということを気にしていらっしゃると思うんです。
ただ、「中心」というものは目に見えるものではありませんから、なかなかうまく捉えられません。ですから、「中心」は何となく想像するしかなくて、想像してできるときもあったり、できなかったときもあったりという1年でした。
ここ数年テレビ、雑誌などのメディアに露出するということを2、3年間続けてきましたが、2008年の後半から2009年は、お客様に直接、生でマジックをお見せしようということを心掛けてきました。
たとえば、2008年、2009年、スコッチウイスキーのジョニーウォーカーの最上級ブレンド「ジョニーウォーカー ブルーラベル」のブランド・アンバサダーを2年連続でやっていまして、2010年もブランド・アンバサダーが決まっていますが、そのジョニーウォーカー ブルーラベルが主催した17組限定のマジックイベントをANAインターコンチネンタルホテルで行ないました。やはり、お客様のテーブルを廻って、直接目の前でマジックを見て喜んでいただけるというのはすごくありがたいことだと思います。
テレビ番組に出演してマジックをやっていると、時々、分からなくなってしまうことがあるんです。つまり、そのゲストの方はもしかしたら仕事で喜んでいるのかもしれません。そういう意味で、自分のマジックが本当に面白いのかどうかが分からなくなってしまうんです。
ところが、テレビから離れてプライベートなパーティーであるとか、ホテルのショーでマジックを見て喜んでくださっているのを見たときに、ああ、やはり僕のマジックはまあまあ面白いのかなというのが実感できて、それはすごくありがたいことでした。
最近はインターネットや携帯メールで、直接人と関わらないでも何らかの評価が得られ、コミュニケーションが取れているような気がしてしまいます。直接、生で会ってマジックを見て喜んでくださって、演技に使ったトランプを差し上げるとそのことをお客様が半年も1年も覚えていてくださるということはすごくありがたいことだということを再認識しました。そんな年でした。
-では、特に嬉しかったことは。
それはなんと言っても、丸善のブックカバーで僕の原稿を使っていただいたことです。すごくうれしかったですね、本当に。お世辞で言うわけじゃないですよ。
-こちらこそお世話になりました。あと、残念だったことはありますか。
何だろうなあ。僕はすごいポジティブ・シンキングなので、残念なことはいっぱいあったんでしょうけど、忘れてしまうんですよ。
-なければないということで。
残念なことがなかったことが残念なことです(笑)。
-2010年の抱負は。
マジックにはいろんな楽しみ方があると思うんです。一番分かりやすいのは劇場に足を運んで、あとは、ホテルのディナーショーなどに足を運んでマジックを見るということも一つです。それから、マジックについて語ること。例えばテレビで見たものを、あれは多分こうなっているんだろうとか、こんなマジックを見たけど楽しかったとか、そういうふうにマジックを見るということと、マジックを語るということです。
もう一つ、マジックを演じるという楽しみがあると思いますので、ぜひ今年はマジックを趣味にしたいという方が増えたり、マジックを趣味にしていらっしゃる方がマジックって面白いものだということを再確認していただけるように、何か行動を起こせたらと思っています。
―マジックを教えたりとか。
マジックのタネを教えるということではなくて、例えば、考え方であるとか、歴史であるとか、トリック以外にも非常に楽しい要素がありますので、そういう部分についても理解を深めていただければと思います。
―最近、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という言葉を見つけて面白いと思いました。
すごくいい言葉だと思います。どうしてもエンターテインメントの世界では、演じる側にとっては仕事の面がすごく強いですよ。僕はプロのマジシャンになって25年ぐらいになりますが、その中で必ず毎日心がけていることの一つは、まず自分が楽しい気分でマジックを演じなければいけないということなんです。もし残念ながら楽しい気分でできないとき、例えば腰が痛いとか、頭が痛いとか、すごく嫌なことがあったとしても、外面的には非常に楽しそうに演じなければなりません。
なぜかというと、見ている方たちは日々、いろいろな面倒くさいこと、ストレスを抱えていたり、そういうことをひとときでも忘れようと思ってディナーショーに足を運んでくださったり、テレビを観てくださっていると思いますので、演じている本人の楽しさを観ている方に分けるような気持ちでないとできませんので、まさに今おっしゃったように、楽しむことが一番何よりも勝るというのはその通りだと思いますね。
-前田さんは何か好きな言葉はありますか。
ぼくが好きな言葉は、「生徒の準備がきたら先生が現れる」という言葉です。昔、20歳代初めのころクラシック・バレエを習ったことがあって、そのときの経験で、「バレエを習うのにいい先生がいない、いい先生がいない」と言っているうちは、まだ僕にはバレエを習う準備ができていなかったんでしょうが、このタイミングで習ったらいいというときに、たまたま、いい先生と出会う機会がありました。「ご縁」といってしまうと簡単なんですが、世の中は人と人とのつながりとかタイミングが重要ですので、そういう意味で僕は「生徒の準備ができると先生が現れる」という言葉が好きですね。
-では、次に新しく発売された、『魔法の扉』の「Magic with Life」について教えてください。
マジックを見せて誰かを楽しませたりすることができるというのは当たり前なんですが、それ以外にマジックをやったことによって僕自身が得をした部分は果たして何だろうとかというのを考えました。
もしかしたらマジックを習ったことによって、振る舞いがきれいになったとか、それから、あの人って素敵だよね、かっこいいよねと言われるようになればなおさらいいですよね(笑)。あとでご説明する「所作」という、僕のマジックでは基礎であり日常生活に応用できる考え方をほんの少しなんですが解説書で解説をして、タイトルを「Magic with Life」、つまり「生活の中のマジック」というタイトルをつけました。
-今回、タリホーの前田知洋モデルのカードのデザインが、ちょっと違いますね。
これは前田知洋という名前と、トランプの輸入代理店のマツイ・ゲーミング・マシンのダブルネームにしました。マツイ・ゲーミング・マシンは僕や世界中のマジシャンが使っているタリホーやバイシクルといったトランプを日本に輸入をしている会社です。前からマークを入れましょうと言っていたんですが、今回初めてなんです。日本ではすごく老舗の会社です。ずっと輸入してもらっているんですが、今まで、トランプにもパッケージにもトレードマークを入れたことがないんです。
これは、僕が自分一人でマジックをやっているのではなく、トランプを印刷してくれる会社もなくちゃいけないですし、そこに発注をして色だとか印刷の具合とかを見てくれる会社がいなくてはいけない。表に金や銀のフレームが入ったタリホーを「前田知洋モデル」と皆さんは呼んでくださいますが、マツイ・ゲーミング・マシンという会社のサポートがあってはじめて僕がマジックができること、そのことを忘れないためのダブルネームなんです。
―説明書のマジックは非常に基礎的です。さらに勉強するにはどうしたらいいでしょうか。
確かに、非常に原理的なもの、原型的なものを選んで書きました。あとはご本人次第です。お客様がやればお客様のスタイルのマジックになりますし、僕がやれば僕のスタイルのマジックになります。そういうものがやはりアートというかエンターテイメントの基本であると思います。
例えば、シェイクスピアの演劇について、あるお客様は役者にこういうことを言うんです、「セリフはシェイクスピアが考えたんだから、あなたが創作している部分、つまり、あなたがその役をする意味は何か。全くクリエイティブではないではないか。ただ、シェイクスピアが書いたセリフを読んでいるだけだし、衣装は衣装係が決めたし、照明は照明係が決めて、美術は美術係で、どこに俳優の仕事としての意味があるのか」、と。僕はそのお客様の意見は間違っていると思います。俳優はそのシェイクスピアのセリフをどういう感情で言ったらいいのか、どういう言い方で言ったらいいのか、どういう表情で言ったらいいのか、どういう間で言ったらいいのか、そういう部分が俳優の一番重要な部分なんです。
ですから、マジックも全く同じように、そこに書いてあることをただ練習するだけではマジックができるようになるだけです。もしセリフが書いてあるとしたら、そのとおりに言ってもいいし言わなくてもいいですし、それに演じる側のプラスアルファを加えることによって、初めてマジックのスタイルが完成するんです。それは書く側が「こういうふうにやりなさい」と書くこともできるのかもしれないですけど、それではあまり面白くありません。
―付録の「タリホー・カスタムシール」について教えてください。
「カスタマイズ」と僕達は呼んでいるんですが、例えば、「タリホー」と書かれたラベルが3つあります。箱に張っていただくと、箱が違う箱になりますので、例えばマジシャン同士が集まってトランプを見せ合ったとしても、その箱を取り違えることもないです(笑)。
マジックのエフェクトに使っていただいてもいいですね。小さいカードのシールは同じデザインなのでカードが小さくなるというエフェクトに使えます。他にもスート(マーク)のシールは、例えば、中に「オイル&ウォーター」というマジックの解説を書きましたが、それのエンディングとして、1枚のカードの中に黒と赤のスートが混じってしまうというエフェクトも考えられます。その使い道はご自身でお考えください。特にマジックが趣味の方でしたらアイデアが広がるでしょう。
―最後に「カードマジック解説&所作」のご説明をお願いします。
これは面白くて。自分で作ったものを自分で面白いって言っちゃいけないですよね(笑)。マジックは3つしか載っていなくて、あとは、さっき少しお話した、どういう姿勢で立てばいいか、どういうふうに呼吸を相手と合わせたらいいか、あとは、プライベートエリア、パーソナルスペースという考え方について短い説明を書きました。これを僕は「所作」というふうに名付けました。「所作」が4つで「所作」のほうが多いんです。
例えば、観客、お客様とマジシャンの関係は一見うまくいっているようで、うまくいきづらい部分もあります。つまり、演じる側は何かを見せてお客さんを欺こうとしますし、一方、お客様は楽しもうとしていらっしゃる方もいますし、だまされるのが嫌だという方もいらっしゃるので。そういう人たちとうまくやって、ショーが終わった後にはみなさんに「楽しかった」と言ってもらわなければなりませんので、そういう環境をうまく整理するようなことが四つ書いてあります。
普段、僕達が生活していてもいろいろな人とうまくやらなければいけない。会社の同僚ともうまくやらなきゃいけないし、上司とも部下ともうまくやらなきゃいけない。そういうことのヒントになれば、というとちょっと上から目線のような感じですが、勉強、研究、実践を通してこれはもしかしたら役に立つかもしれないと思ったようなこと、もう一つは、先輩のマジシャンとか、年配の社会経験のある方から、こういうふうにしたほうがいいと言っていただいたアドバイスをまとめたものなんです。
実は、パッケージの写真にも思い入れがあります。マジシャンとして珍しい写真にしようということで、写真家の矢野信夫さんと相談してこのパッケージのためだけに撮ったんです。まず、首がちょっと傾いているんですが、体の中心線をしっかり通っているということが一つ。それと、手を見せていないんです。手を見せないマジシャンの写真は非常に珍しいんです。どうしてかというと、手はマジシャンにとって商売道具なんです。だからマジシャンは手を見せない写真を普通は撮影しないんですよ。
手をポケットに入れて、お行儀がよくないと言われるかもしれません。ただ、今回大事にしたかったことは手首から先の指先の動きではなくて、体であるとか、呼吸であるとか、おへその向きであるとか、お互いのストレス&リラックスだということを表現したいという想いが、この写真に込められています。
―武道などを習っていたと伺っていますがその要素も入っていますか。
もちろん武道から学んだことも入っています。武道では「間合い」がすごく大事です。中には、武道の達人の達人になると、間合いなんて言っているようじゃ、まだまだ素人だよと言う人もいらっしゃいます。だけど、それぐらい間合いというのは武道の世界の中ではすごく大事で、なおかつ、相手に崩されちゃいけないわけですから、中心がしっかりしていて、相手の中心をしっかりとらえて、その中心線に対して攻撃をするということがすごく大事にされています。
日常の中でも全く一緒で、例えば京都に仕事で行ったときに聞いた話ですが、街を歩いていて知り合いに出会って頭を下げて挨拶をするときには、立ち止まって必ずおへそを正面の相手に向けるそうなんです。
東京ですと、すれ違い様に「あ、どうも」などと言って頭を下げてしまします。ですが、京都ではちゃんと立ちどまって相手の正面を向いて、お世話になりましたと挨拶をするそうなんですね。
東京のほうが合理的で効率がいいという考え方もあるでしょうし、京都の方が丁寧でいいという人もあるでしょうけれども、中心線であるとか、間合いであるとかの重要な考え方の一つだと思うんです。
だから僕が実践していることを具体的にいうと、例えばお客様に「1枚カードを選んでください」、「好きなカードを言ってください」とお客様に何かお願いするときには、僕のおへそが、お客様のおへそに向けます。そのことによって動作が非常に丁寧に見えると思うんです。
-中心線は見えないですが、おへその位置はだいたい分かりますからね。
そうですね、おへそ、丹田とかいって古くから人間の中心だといわれていますので。
解説書で説明した所作四つの秘密につけ加えるとしたら、実はつま先も重要なんですよ。
トランプを手に持ったときに、手に持ったトランプの真下にマジシャンのつま先があって、そのつま先をお客様の方に向いています。そうすると非常にかっこうよく見えますし、体勢も崩れません。つま先が相手に向くと、自動的におへそも相手に向きます。
-仁王立ちで、へっぴり腰でトランプを差し出すというのではだめだということですね。
そうですね。つま先の上にトランプがあるという体勢がいいです。何かをお願いしたり何かを見せたい人に、それはマジシャンにとって重要な見えないポイントです。
-今までのことをイベントでお客様に実演付きでご説明いただけないでしょうか。
ぜひイベントを開催したいですね。お客様に直接お目にかかるのが楽しみですよ。
-本日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
|