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-今日のインタビューは先生の近著「想い出のブックカフェ」についてお伺いしたいと思いますが、まず先生と丸善の関わりがあれば教えてください。
丸善は元々福澤諭吉の提唱で早矢仕有的が創ったでしょう。そういう意味では慶應とは深いつながりがありますし、私の教え子も何人か勤めているんですよ。
私自身との関わりを考えれば、それはもう長くて深い。学生時代から洋書を買いに週に一日は朝から晩まで神保町から日本橋まで廻っていました。神田神保町の北沢書店と日本橋の丸善には必ず立ち寄りました。特に大学院のときに洋書売場の文芸書担当の方と仲良くなって店頭でおしゃべりしたりしていたんです。というのも、その方が「こういう新刊の評判がいいですからどうですか」と、こちらの好みや研究に合うような本を次々と紹介して下さったんですね。そのような書店員の方が最近少なくなりました。
今、アマゾンでは、この本を買った人はこういう本も買っていますという表示がありますが、あれを見ると私はついその頃を思い出してしまいます。そのご担当者は私の大学や学会での先輩格、同じような系統の方々、それから私の師匠筋なんかも良く知っておられて、「何々先生はこれを買っていかれましたよ」と、そういう形で勧めてくださいました。
丸善によく出入りし始めたのは私がまだ青二才で、22、3歳のころです。それで勉強するにもそういう書店員の方がおられるというのはずいぶん役に立ちました。いろいろ情報も早かったですね。「ポール・ド・マンが危篤らしい」、と教えてくれて。何でこの人は知っているんだろうかって不思議に思っていました。そうしたらやっぱり一ヵ月後ぐらいに亡くなってしまってさらに驚きました。インターネットがない時代にですよ。
研究書や理論書はどんなナビゲーターに出会うかというのがたいへん大切で、私が留学するときも丸善で紹介してもらった最先端の研究書を読んでいたことが非常に役に立ち、読書量に関しては同期のアメリカ人学生とあまり落差を感じなくて済みましたね。
今、洋書は丸の内本店ですよね。私も時々寄るんですよ。『想い出のブックカフェ』の打ち合わせも丸の内本店のカフェでやりました。研究社の編集者の金子靖君と表紙アーティストのYouchanを引き合わせるため、Youchanが横浜から来るので、東京駅辺りなら分かりやすいだろう、東京駅といえば丸善が一番分かりやすいだろうというようないきさつで。
-先生にとって理想の書店というのはどんなところでしょうか。
一番好きな書店というのはニューヨークのグリニッジビレッジにある、セント・マークス・ブックストア。やはり、理想の書店はカフェがついているにこしたことはありませんが、ここはカフェこそなくても、セレクトが最高なんですよ。それは具体的にどういうことかというと、仮にロケーションがどんなによくても、雰囲気がどんなによくてもやっぱり棚に並んでいる本のセレクトというのが重要なんです。
テレビドラマにたとえると、贔屓の俳優が出ていても、シナリオがつまらなかったら見なくなってしまうということに似ていますね。セレクトはシナリオの面白さなんです。かつ、カフェがついていれば一番いいわけです。バーンズ・アンド・ノーブルというのはある意味妥協点であって、一番先端的なのはセント・マークス・ブックストアのようにハイブラウな文化批評の最先端から、ポピュラー・フィクションまで取り揃え、目利きの店員がいるなという臭いがする書店です。ニューヨークに行くと必ず立ち寄ります。ワシントン・スクエア近辺はカフェも多い界隈なので、本を買うとコーヒーを啜りながら、その日の収穫をゆっくり再確認しますね。
-では本題に入ります。まず『想い出のブックカフェ』を作るきっかけというのは。
きっかけとしては一番最初、研究社が私の新聞書評を中心に集めて、読書論か書評の書き方か、そういうコンセプトの本を作りませんか、という話で始まりました。しかし、書評を集めるだけだといかにも学者研究者の余技らしく地味な感じになってしまうし、いきなり読書論をやるとまるで小林秀雄とか小泉信三みたいでエラソーだし。それで、やっぱり、もうちょっとなんとかならないかなと思って、散々考えたあげく「ブックカフェ」というコンセプトを立てたわけです。
昔、メタローグの編集で東急文化村から『想い出のカフェ』という本が出ていて、その続刊で『想い出のホテル』という本も出ました。
本のイントロでも触れましたが、私は「想い出のカフェ」に寄稿しているでんす。その本はいろいろな作家、大学教授とか、文化人が見開きでエッセイ一つずつ寄稿して文字どおり各人のカフェやホテルの想い出を綴る、とてもいい企画だったんですよ。表紙デザインが山本瑤子さんで、オブジェとしてもきれいな本でした。ちゃんとその本もYouchanに見せて、とにかく、この本がとてもよくて感じが好きだったから、そのコンセプトでまとめたいと思いました。
それこそ私が丸善に通っていたような時期には、本を買うとすぐ近くのルノワールか風月堂に入って読む、まず開いて読む、私にとって洋書を買ってカフェに入って開いたときの感じというのは何か独特な興奮があるわけで、だから、そういう経験も含め、初心を忘れないようにという想いも込められています。
-インターネットカフェというのもありますね。
学生も読書生活がずいぶん変わってきたかもしれないと思うのは、やはり、レポートを見ていると、テクストをインターネットから引いてくるんです。本の形のテクストから引いてこない場合が結構あるので、それは本を読んでいるといえるのかどうか疑問ですね。
本を読むというよりは、情報を消費しているというスタイルなんだと思うんです。今の若い層だけじゃないかもしれないですが。それで適当にインターネットからコピペしてレポートを書いたり、ということも往々にしてありうる。それは読んで書くという原点とはちょっと違います。
オブジェとしての本を手にして読むという経験が成り立つためには、片手でコーヒーを啜ることのできるカフェというのは重要な場所であって、そうでなければ、自分のオフィスでインターネットでコピペしながら書いてという生活で構わないでしょう。本の手触り、造本も含めた本の手触りからじっくり読んで楽しむという読書の原点に戻りたいというのが、ひとつの動機でした。
-具体的にどのようにプロセスを経て出来上がった本なんでしょうか。
朝日新聞の書評委員を3年やったのが大きかったですね。書評委員の仕事というのは自分では有意義だと思うのですが、それに対する反響というのは意外にないものです。逆に言うと書評するということが本に対する反響なので、その反響に対する反響というのはネットとかで少しあるぐらいでしょう。
ところが、書評委員の任期が終わってから、書評のテクスト自体が面白かった、もっと読みたかったのに、とあちこちから言われたんです。しかも尋常じゃない数で、同僚からも言われたし、昔の同級生からも言われたし、ということが重なって、とにかく書評集を出したら読むのにと言われました。
しかしながら、書評集というのは学者・研究家としては安易な本の作りになりそうだからずっと出す気はなかったし、いずれ論文の中に吸収されるだろうし、と思っていました。ただ、書評というのは圧倒的多数の目に触れるし、それを愛読していた人が複数いるし、ひょっとすればそれがまとまったら読んでくれる人がいるかもしれないし、いま不遇をかこっている人文学的視点を宣伝するという意味ではも非常に意味があるんじゃないか、と考え直したのです。
目下、未曾有の不況を迎えた世の中では、いつ何の役に立つかわからない人文学的な要請よりも、いますぐにでも役に立ちそうな経済学的な要請、理工学的な要請がなんとなく優先しているわけです。だけど、いまでもいろんな文芸雑誌の文学賞に応募する人は後を絶たないし、やはりどこかで人文系の方法論が社会の精神を支えているところがあると思うので、それが隠し味というか水面下のメッセージなんですね。書評という仕事をしている人間の視点がそれなりに伝わって、愛読してくれた方々の反応もあるわけですから、じゃ、ひょっとしたら一冊にまとめれば、喜んで買ってくれる人がいるかもしれないと思いました。実際に朝日新聞のネットで楽しみにしていたから、と書いてくれている人もいるので、長年書評委員をやってきたことへの反響に対し、何らかのかたちで贈り物をしたい、という気持ちになりました。
それでふっと振り返ってみると、読売新聞でも読書委員をやっていたので、朝日新聞と読売新聞の書評をまとめるだけでも相当な分量になるだろうと気がついたんですね。同時に、編集部からは村上春樹など日本文学について言及しているところがある方が望ましいということを言われたんで、毎日新聞ではやっていた文芸時評一年分を入れても面白いかな、と。かつ、わたしらしいヒネリも入れた方がいいと思うので、やや専門的な学術書評というのも混ぜてみたんです。新聞書評と学術書評のコントラストが出て、さらに読書の達人たちとの対談があれば一般の人も手に取りやすいかなと、どんどん膨らんでいきました。
論文集だとどんな短くても一本30枚はありますから読むのは大変です。しかしこれは書評集だから短めの文ばかりなのでどこから読んでもいい。一番短いのは500字。朝日新聞の規定では。500字書評、800字書評、1200字書評というランクがありますので。ヘビーな王道の研究書とはちょっと違いますが、一方で書評集になるような蓄積がないと王道のような研究書もできないということです。
-本のデザインについて教えてください。
私の本にしては珍しく一般向けなので、一般の方が読んでも楽しめるようにしたいと、そのためにはまず表紙とタイトルから親しめるようにしたいと考えました。
私の研究の中心をなす三部作として『ニュー・アメリカニズム』『アメリカン・ソドム』『リンカーンの世紀』続く専門書があります。いずれもトンガったデザインの表紙です。
この「トンガリ系」のデザイナーで何度か一緒に仕事をしているアーティストのうちでは、1995年に出した編訳書『アヴァン・ポップ』以来のつきあいで『アメリカン・ソドム』も手がけてくれた木庭貴信君がいます。
しかし、今回はとにかく本を読むということの楽しさとか、カフェで本を読む、その原点に立ち返ろうというものですから、ほのぼのとした感じがいいんじゃないかというのがひとつの選定の基準になりました。
エピローグにも書きましたが、下北沢のブックカフェ、「カフェ・オーディネール」で「ブックカフェ」をタイトルに使いたいという話を友達としていたら、その人は女性の漫画家なんですが、ブックカフェだったら、中央線沿線にブックカフェがいっぱいあって、「古本女子」という人たちが大量にいてとにかく古本大好きな女子たちがいっぱいたむろしている、というんです。しかも、そういう文化というのは「ほっこり系」と呼ばれているという。それを聞いて、「トンガリ系」に対する「ほっこり系」というのも、今回の本のためには結構いいかも知れないと思ったんですね。
-表紙をデザインしたYouchanは先生がお勧めになったそうですが。
彼女はヴォネガットのファンで音楽の方もムーン・ライダーズが大好きだということで、自分でもヴォネガット読本を出したいという構想を持っている人です。知り合ったのは2~3年前ですね。伊藤典夫さん、浅倉久志さんの訳書を読んで育つとともに、国内でも内田百間や稲垣足穂が好きな、いわゆる文学少女なんですよ。
Youchan
が面白いのは自分が読んだ本のイメージで絵を描くのが趣味で、すでに市販されている小説やレコードでも、それらとは異なる架空の表紙やジャケットをどんどん描いちゃう。だったら市販のイメージに挑戦して、いずれはぜんぶ描き換えるつもりなのかというと必ずしもそうじゃない。金子君が「いずれヴォネガットの表紙を描ければいいですね」と言ったら、「いや、ヴォネガットの場合は天地開闢以前から和田誠さんに決まっているんです」と答えていたのは面白かったな。
彼女の個展に行くと全部文学作品の絵なんです。我々は表紙によって左右されるじゃないですか。その表紙で内容のイメージが違ってくることがありますが、彼女は自由に表紙のイメージを塗り替えてしまう。自分の読後感はこうです、というふうに絵で示すんです。彼女はイラストレーションによって書評をしているんです。だから、実はYouchan自身が絵を使った書評家なんですね。
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プログレッシブロックの名盤 イエス 『こわれもの』 ジャケットデザインはロジャー・ディーン
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-レコード・ジャケットというお話があったので思い出したんですが、この表紙からイエスの『こわれもの』を連想したんですが。
私もそう思いましたよ。びっくりしたのは、まさに丸の内本店のカフェで話していて、何のイメージも決まらないうちに、彼女が案としてひとつのデッサンを持ち出したんですね。それを一目見て、私も金子君もロックが好きだから「イエスの『こわれもの』じゃないか」って。ところが意外なことに、Youchan自身はイエスも『こわれもの』も知らない。「え?何ですか、それ?」みたいな反応でした。
金子君はもともと「巽先生の本だからプログレのカバー、ロジャー・ディーンみたいなデザインにしましょうよ」と言っていたんですが、期せずしてそう遠くもないというものになりました。Youchanに何を言ったわけでもないんですが、『こわれもの』ですよね、正に。
-書評家としてもロックファンとしてもお気に入りの表紙ができたということですね。
この本の中には「ほっこり」という単語は一切出てこないんですが、若い同僚にこの本を贈呈したら彼女の感想のはがきには「『ほっこり』した感じでいいですね」、と書いてあったのも、我が意を得たりという感じでした。ヘビーな「トンガリ系」が続いた後にデザートのような本という感じで、Youchanは見事にそのイメージ化を実現してくれました。
-この本のなかでお勧めのポイントというのは
わたしが頻繁に書評集を出す人だったらともかく、一応、初の書評集成と謳ってしまったので、それなりの厚さがあった方がいい、けれど中身はヴァラエティに富んでいたほうがいい、と思い、構成上で工夫しました。そもそも第一章は書評どころか「ブッククラブ文学の愛と死」という論文から始まっているわけです。対談も三本収め、肝としては一番最後のところに「ティプトリー賞戦記」という、これは私がアメリカの文学賞の審査に参加したときの体験記を綴っているというところですね。
だから、本書の隠し味は単純に書評全体を愛読してきてくださった方への恩返しもあるんだけれども、これから書評を書いてみたいという方にとってはこういうシナリオというかマニュアルもあるんだよ、という呼び水になっている点でしょうか。まずはブッククラブに参加した気分になってみて、次は自分で書評を書いてみよう。それから、本読みの達人みたいな人と話してみよう。そして、もしもあなたが文学賞の審査員だったらどれだけの本を読破した上で何を選ぶか、という批評眼の確認をしてみよう。この本はそういうさまざまな読書生活への招待状だということです。
タイトルだけ取れば書評を集めました、書評の楽しさを知ってくださいという感じなんですけど、もしも、読者のなかにこれから書評を書いてみたいという人がいれば、本書はまさに書評家養成のためのテキストブックにもなっている、ということですね。
-先生が書評を書き始めたのは何歳ぐらいの頃からですか。
定期的に書き出した時点をデビューというなら26歳のときで、『SFマガジン』の連載が最初ですね。毎月、1冊につき4枚ぐらい。ファックスもない時代ですから、毎月締切日に神田の早川書房まで原稿を届けて、編集長から喫茶店でアドバイスを受けるのが最大の修業でした。 1980年代半ばには、途中アメリカ留学もはさんでやっていないときもあります。帰国してからは、東京新聞で書評を書きませんかという話を受け、『翻訳の世界』という私にとっては第二、第三のプレイグラウンドみたいな雑誌があって、そこでは英語圏で出たばかりの最先端の研究書のレビューをやったりしていました。そのときの連載も、本にはなっているんです(『メタファーはなぜ殺される』 [松柏社、 2000年])。『メタファーはなぜ殺される』はいわゆる書評集ではないんですけれども、一応、文学批評理論の講義ノートみたいにしてあって、今回の本『想い出のブックカフェ』はそれと対になる読書ノートなんですね。
-昔、サンリオ文庫からP・K・ディックの小説が出ていてそれを毎月少しずつ買い集めていたんです。それがいきなり書店から消えてしまって。
あれは86年ぐらいですかね。そのサンリオ文庫のディックで一冊解説書いているんです。
-え、そうなんですか。
『銀河の壺直し』。あれは私の海外作家解説デビューですね。82~3年じゃなかったかな。私が本当原稿料を定期的にもらうようになったのが82年で、それで注目してくれて、サンリオ文庫からも依頼が来た。今はサンリオ時代のディック作品は創元SF文庫とハヤカワ文庫 SFにほとんど移っていますね。
-書評として取り上げる本はどのように選んでいらっしゃいますか。
読売新聞の書評を書いたときは第1回がジェフリー・アーチャーの『メディア買収の野望』という本だったんです。面白いことに本書を読んだ私の学生のひとりからメールが来まして、「なんで第1回が『メディア買収の野望なんですか』」と言ってきて。つまり、私のイメージとちょっと違うということらしいんですよ。
読売新聞の書評を始めたのが97年の暮れからです。それには明らかな理由があって、当時、私の好きな作家の一人スコット・フィッツジェラルドの生誕100年で、私もシンポジウムに引っ張りだされることになり、フィッツジェラルドの未完に終わった長編小説で、『ラスト・タイクーン』について論考を書き下ろしていました。
この小説はハリウッドの映画王が主人公なんですね。フィッツジェラルドというのは大富豪が挫折する主題が多いんで、いわゆるアメリカの大富豪の類型を調べていました。そのころ読書委員になったので、当時新刊で出た『メディア買収の野望』を手に取り、興味を引かれたということなんです。
基本的に翻訳を扱う場合は、原書で読んで非常に感銘を受けた作品の翻訳が出たときに取り上げることが多いですね。特に、マリーズ・コンデがセイラムの魔女狩りを題材にした『わたしはティチューバ』は私の95年の『ニュー・アメリカニズム』という本で初めて日本では紹介したことになるんですが、のちに翻訳が出たので書評に取り上げました。
永井荷風については三田文学の創始者にも関わらずあまり詳しくなかったんですが、この末延さんの本『永井荷風のあめりか』がちょうどジャズ・エイジ前後を扱っていて、フィッツジェラルドと同じ時代なんで非常に興味を持って書評に取り上げ、それ以後永井荷風を読むようになったということもありました。
他にも、デイヴィッド・プリルの『葬儀よ永遠に続け』は、取り上げた小説の中でも一、二を争うほど奇怪な作品です。先日アカデミー賞をとった映画『おくりびと』の主人公と同じ職業、納棺師というか死化粧師(エンバーマー)が主人公なんですが、ところが、この主人公はこれをスポーツみたいにやるんですよ、いろんなライバルがいて競うという。まるでフットボール感覚でエンバーマーをやっちゃうという、とんでもないブラックユーモア。『おくりびと』ブームの中で読み直されると面白いでしょう。
-書評を書いてきた中で面白い経験はありますか。
エピソードとして面白いのは、ピアニストの青柳いづみこさんとの馴れ初めが、読売新聞の読書委員時代に彼女の二冊目の本『ドビュッシー』の書評を書いたころだったということです。彼女はおじいさんが青柳瑞穂さんという仏文学者で、文学にも造詣が深い。
それ以後、青柳さんは多くの名著を送り出しますが、やがて朝日新聞の書評委員になったときに行き当たった『音楽と文学の対位法』がたいへん面白かったので、再び彼女の本を取り上げました。その書評では漫画の『のだめカンタービレ』をツカミに使ったんですが、それを読んで青柳さんは初めて『のだめカンタービレ』を知ったそうです。そもそも漫画というものをほとんど読んだことがなかったんだとか。それがきっかけで、彼女はやがて『ボクたちクラシックつながり-ピアニストが読む音楽マンガ』というのを文春新書で出すことになります。著者と書評者の間で新しい企画が生まれることもある、というまさに生産的な展開ですね。
-今現在これに興味がある、面白いというのは。
「ティプトリー賞戦記」のところで触れているシェリー・ジャクソンという新人作家の『ハーフライフ』という、シャム双生児をモチーフにした素晴らしいブラックユーモア小説には、心底感銘を受けました。あと、手前味噌になりますが、今年はエドガー・アラン・ポー生誕200周年を記念して新潮文庫の海外名作新訳シリーズで拙訳でゴシック編というのとミステリー編というのが二巻連続で出しましたけれども、あらためて読み直し、ポーの中に現代文学にまでつながる全てがあるのを実感しました。フォークナーもナボコフもみんなポーがいなければ存在しないわけですから。
ポーの親友でもあった、ジョージ・リッパードという素晴らしい作家の『クエーカーシティ』というディケンズ張りの長編小説も、いつか訳されるべきゴシック・ロマンスですね。
今ちょうど、亀井俊介さんと私のセレクトで、『アメリカ古典大衆小説コレクション』(松柏社)というシリーズをやっています。『オズの魔法使い』の新訳から『ベン・ハー』や『ヴァージニアン』『ぼろ着のディック』まで、名のみ知られている名作もたくさん入っています。
私の専門はもともと19世紀アメリカ文学なので、今年はどちらかというとその見直しが中心になりそうです。
-では、最後に読者にメッセージをお願いいたします。
皆さんに、あくまでも個体としてオブジェとしての本を手にして、コーヒーを飲みながらゆったり本を手にして読むという楽しさをもう一度確認していただければ、ということに尽きますね。インターネット上で情報を消費する方法ではとうていつかめない読書の楽しさこそは、じつはいちばんラディカルなのだ、ということです。
そして、この本を読んで何か面白いなと思ったら、さらに、こういう書評なら自分でも書けるのではないかと思うような方がいたら、是非ご自分でも書き始めてほしいということ。これは正にそのための本ですから。
タイトルには「想い出」が躍っているので過去指向を含んでいるように響くと思いますが、じつは読書の未来も考えています。この本で刺激を受けた方、興味を持った方がいたら、是非とも本を読み、それについて書くという貴重な文化の未来を担っていただきたいのです。
-ありがとうございました。
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