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| 2年(1869年) | 1月1日、丸屋商社を横浜に創業(事実上日本の株式会社第一号) |
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| 3年(1870年) | 3月、東京日本橋に、“丸屋善七店(書店)”開設(現在の日本橋店) |
丸屋から『袖珍薬説』を出版(丸善出版物の最初) |
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| 4年(1871年) | 1月、大阪に大阪支店“丸屋善蔵店(書店・薬店)”開設 |
3月、丸屋善七店となりに「唐物(とうぶつ)店」を開業 |
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12月、細流会社(積立貯金組合)設立 (明治8年に「交銀私局」。貯蓄銀行として営業) |
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| 5年(1872年) | 8月、京都に京都支店“丸屋善吉店(書店・薬店)”開設(明治12年閉店) |
11月、慶應義塾経営の仕立局(洋服類)を引継いだ丸屋裁縫店、また丸屋指物店(洋家具店)も経営(共に銀座) |
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12月、横浜薬店2階に英学研究生養成のための研究舎を開設 |
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| 6年(1873年) | 1月、横浜に“唐物(とうぶつ)店”開業 |
7月、現在の日本橋店にて「西洋帳合之法」(西洋式簿記)公開講習実施 |
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| 7年(1874年) | 5月、「死亡請合規則」制定(後の明治生命へ継承〔現・明治安田生命〕)
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8月、名古屋に名古屋支店“丸屋善八店(書店・薬店)”開設 |
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| 9年(1876年) | 日本最初の国産マッチ、新燧社製品を独占販売 このほか洋紙をはじめ、桜田ビール、石鹸など当時の新商品の販売を行う |
| 11年(1878年) | 「丸善インキ」の製造販売(安井敬七郎インキ) |
| 13年(1880年) | 定款制定、株式組織に改組「責任有限丸善商社」と改称 |
『洋書目録』刊行開始 |
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| 15年(1882年) | |
| 16年(1883年) | 『和洋書籍及文房具時價月報』発行 |
ヨーロッパの知識・学問の大要を紹介した文部省編訳『百科全書』を明治16年から18年にかけて刊行。 (チェンバーのInformation For The Peopleの翻訳全4巻) 当時としては珍しい予約出版 |
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| 17年(1884年) | |
| 18年(1885年) | 日本初の雙解辞典となる『英和雙解辞典』を出版 |
| 19年(1886年) | ヘボン著『改正増補・和英英和語林集成 第三版』刊行 |
| 26年(1893年) | 11月、商法の施行により、社名を丸善株式会社と改称(資本金20万円) |
| 28年(1895年) | 3月、この頃米国製ウォーターマン万年筆を輸入販売 |
| 30年(1897年) | 3月、わが国最初の企業PR誌『学の燈(まなびのともしび)』創刊(明治35年『学燈(がくとう)』、明治36年『學鐙』に名称変更。明治34年からは内田魯庵が編集長となる。) |
ペリカン万年筆輸入販売(デ・ラ・ルー製) |
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| 31年(1898年) | 横浜丸屋書店・薬店共通の「商品切手」発行 |
| 32年(1899年) | 外国雑誌・新聞予約者直送を開始 (発案者:荒川実〔後の7代目社長〕) |
| 33年(1900年) | |
内田魯庵入社(『学の燈』編集担当) |
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| 35年(1902年) | 『大英百科全書(ブリタニカ)』予約販売開始(〜明治39年) |
| 37年(1904年) | 寄宿生のための夜間教育(丸善夜学会、丸善夜学校)を開始(寄宿舎は前年新設)。 |
| 40年(1907年) | 7月、京都支店を再開設(三条通麩屋町。この店が梶井基次郎『檸檬』の舞台となる。その後店は昭和15年に河原町通蛸薬師へ移り、平成17年まで営業。現在の京都支店(教育・学術事業本部)は南区。) |
オノト万年筆輸入販売 |
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| 43年(1910年) | |
| 44年(1911年) | 7月、福岡出張所詰所を設置(大正2年に支店となる) |
6月、英国スコット社製帽子を輸入販売(代理店) |


