岩波ホールセレクション vol.1「海の沈黙」「抵抗」特集特別寄稿 川成洋先生(法政大学)
海の沈黙
第二次世界大戦期のフランスの果敢な対独レジスタンスと、そのクライマックスのパリ解放(一九四四年八月二五日)は、まさに壮大な「英雄叙事詩」であろう。パリの突入作戦を敢行しようとしていたアイゼンハワー総司令官指揮の百戦練磨の連合国軍も、パリ侵攻作戦をドゴール将軍指揮下の自由フランス軍に委ね、これが戦後のアメリカ軍駐留を拒否する決定的な要因となった。 こうした対独レジスタンスの要としては、イギリスに本拠地を置く「自由フランス」と、それに呼応するフランス国内の中枢的機関の「全国抵抗会議(CNR)」を挙げねばならない。とりわけ、後者の場合、当時、北部のドイツ軍の占領地域と南部の親独派のヴィシー政権地域に二分された被占領下のフランス国内で、この両地域のレジスタンス組織の統一どころか、連絡を取り合うことも至難の技であった。しかも、対独レジスタンス陣営といっても、その戦列は一枚岩ではなかった。「敗者復活戦」を目論む共産党勢力、戦前からの固陋なナショナリスト勢力、発足したばかりの抵抗組織「マキ団」、アメリカの援助を受けた反ドゴール派の「第二抵抗戦線」の勢力、さらに労働組合や労働団体といった左翼勢力、まさに呉越同舟であった。 こうした多種多様な組織的な抵抗組織とは全く別個の、個人的な抵抗をした人たちがいた。 一九四七年に制作された映画『海の沈黙』は、ドイツ占領軍に対して「沈黙」のみで抵抗した一つの記録である。 一九四一年、ドイツ占領下のフランス地方都市の、この物語の語り手「私」である老人とその姪の二人暮らしの家の二階に、突然ドイツ軍将校が同居することになる。ナチス・ドイツ軍将校にありがちな傲慢で、乱暴な軍人ではなく,きわめて紳士的にもヴェルナー・フォン・エーブルナックと自己紹介する。もちろん、それに対しても、「私」と姪はまるで無視するかのごとく沈黙のままである。この三人の主要人物のうち、名前がわかっているのは、この将校だけである。「フォン」と名乗っているから、ヴェルナーは貴族階級の出であろう。また彼と対峙する二人のフランス人は、その匿名性のゆえに、フランス人一般と考えられるかもしれない。 戦争前には作曲家であったヴェルナーは、流暢なフランス語を語り、彼の父親の影響で幼いころからフランス文化に憧れ、尊敬していたという。 やがて軍服を脱ぎ、私服で二人のいる居間に立ち寄るようになる。音楽の話、文学の話、若い時の恋人の話など、こうした話とは別に、童話だけれどもと断りながら『美女と野獣』の話を出し、美女をフランス、野獣をとドイツに例え、かわいそうな美女が乱暴な野獣に捕まるが彼女のキスで野獣がしだいに教養のある紳士へと変貌する、これはとても感動する話であるという。またしても全く反応がないまま、そしていつものように「お休みなさい」と二人にいって二階の部屋に戻る。 ヴェルナーは二週間の休暇で初めてパリに行く。旧友に会うこと、フランスとドイツの両国の素晴らしい「結婚」の立会人になれること、胸をわくわくさせて出かけたものであった。だが戻ってきた彼は、今度は、何故か、二人のいる居間に立ち寄らなくなった。全く相手にしていないのに、あれほどうるさく来ていたのに来なくなった。なぜだろうかと案じている「私」が、ドアのノックの音に、思わず「お入りなさい」と言ってしまう。ドアの向こう側に立っているのは軍服姿のヴェルナーであった。「重大なことをお話ししなければなりません」と切り出した。溜息をつきながら「この六か月間私が話したことを忘れていただきたい」といい、彼のパリでの体験を語ったのであった。 彼が出会った連中は完全に勝利者になりきっていた。あの親友の詩人までも、残忍なドイツ兵になっていたのだ。彼らがいうのは「フランスを叩き潰す機会を掴んだのだ。叩き潰してやる。その力だけではない。魂をだ。あの魂が一番大きな危険だ」ということである。これに対する彼の反論が非難の集中砲火を浴びることになる。彼が理想とするフランスとドイツの「結婚」などありえない。彼にとってフランス駐屯はもはやこれ以上耐えられないものとなった。即刻、最前線の旅団に転属を願い出る。そして明日出発する許可を得たと二人に告げる。「地獄行きです」と。そしていつものように、「お休みなさい」と言いドアを閉めて二階の自室に戻るだろうと「私」が思っていると、彼は動こうとしない。じっと姪を見詰めていて「ご機嫌よう」と呟いた。姪も唇を動かした。かすかに「ご機嫌よう」と。 翌朝、軍用無蓋車で兵卒が迎えに来る。彼の荷物まとめて車につぎ込む。ヴェルナーがこの家を立ち去るときに、ドアの手前に横のテーブルに開かれた本に気がつく。それはアナトール・フランスの本で、「罪深き命令にしたがわぬ兵士は素晴らしい」と書かれた記事がはさまっていた。「私」がヴェルナーに贈った言葉であった。 この映画は、同名の小説、ヴェルコール『海の沈黙・星への歩み』(河野與一・加藤周一訳、岩波文庫、昭和四八年二月刊)の映画化である。 |