岩波ホールセレクション vol.1「海の沈黙」「抵抗」特集抵抗〔物語〕
1943年、ドイツ占領下のフランス・リヨン。ドイツ軍に捕らえられたフランス人青年・フォンテーヌ中尉は、搬送車から脱走を試みて失敗する。 彼が新たに収監されたところは、モンリュック監獄の独房だった。奥行き3メートル、幅2メートル、ベッド、毛布、用便バケツ、そして小さな棚に、中庭がのぞける小さな窓がある部屋。フォンテーヌは、そこに手錠をかけられたまま入れられた。この監獄は堅固で、脱走を企てた者は容赦なく処刑されていた。 翌朝、やってきた看守兵は、重症をよそおったフォンテーヌを信じ、しばらく放置することにした。 フォンテーヌが窓から中庭を見下ろすと、3人の捕虜が見えた。こっそりと声をかけると、外部と連絡をとる手段があるといわれ事態は一変、ふたたび脱走を企てようと決意し、周到にその計画を練り始める。 3人のうちの1人はテリーという老人で、フォンテーヌのために、看守の目をぬすんで外部から鉛筆、紙、剃刀の刃などを手に入れてくれたり、レジスタンス運動の同志や家族への連絡をとってくれるようになった入所してから15日目、彼は最上階の部屋に移され、手錠をはずされる。1日に1度、便器の掃除のため、中庭にも出られるようになる、1階の独房の隣人も処刑されたが、そこで新たに数人の同志と知り合い、隙を見ては情報を交換できるようになった。 フォンテーヌは脱獄の準備を本格的に始める。まず自室のドアの羽目板を外すために、食事のときにくすねたサジを磨いてノミを作り木を削り始めた。音を出さずに、見た目がわからないように作業をすることは困難だった。しかし1ヶ月の苦労の末、羽目板は外れ、廊下まで出られるようになった。しかし、その廊下からどうやって外へ出るのか。監視は厳しく、階下に行くことは断念し、屋上天窓から屋根伝いに外へ抜ける方法を選択する。そして外に降りるための12メートルの綱は、枕の生地とベッド枠の金網からとった針金で作ることにした。 その頃、仲間のオルシニが脱走して失敗し、銃殺された。フォンテーヌはさらに慎重に作業を進めていく。隣室のブランシェの毛布も、家族の差し入れの服も、すべて綱になった。綱をかける鉤は採光窓の枠を外してつくり、脱獄の準備はすべて整った。 ある日、フォンテーヌは死刑の宣告を受ける。もう彼に残された時間はない。しかしその夜から、ジョストと名のる16歳の少年と同居するようになった。フォンテーヌは彼をゲシュタポのスパイではないかと疑うが、数日迷ったすえに、彼にすべてを話し、協力するよう説得した。 その夜、フォンテーヌとジョストはとうとう脱獄を決行。わずかな監視のすきをぬって、屋根を伝い、夜も明けるころ、2人は高い壁から自由の地に降り立つ。 彼らにはふたたびレジスタンス運動の日々が始まった。 |